しずかちゃんの入浴シーンは必要か

ドラえもんお約束の入浴シーン

のび太がどこでもドアを開くとそこは浴室。
入浴中のしずかちゃんが目に入る。
慌てふためくのび太に、「のび太さんのエッチ!」とのしずかちゃんの怒りの声。 

ドラえもんのお約束の繰り返しのギャグですね。

完全なテンプレです。 

ゆげしまとしては子供のころから目にしており、何とも思っていませんでしたが、
どうやら、ドラえもんのアニメでのこのシーンを不快に思う人もいるようで本当に驚きました。

ドラえもんのお色気演出にまで一部の方々から批判が上がっているのです。

入浴シーンへの批判

批判する人たちの言い分をきわめてざっくりいうと次の通りです。

「女性は痛みも悔しさも感じる人格を持った人間である。
しかし、こういったシーンを見て育った男の子は、女性への敬意を欠いた大人になってしまうかもしれない。
だから、こういう演出は時代遅れのものと認識して改善していくべきだ」

分かるようなよく分からないような批判で、はじめて聞いたときは頭がクラクラしました。

賛同する人もいますが、単なる無邪気なお色気シーンごときに何を目くじらを立てているのか?と反発する人が多いようです。

 ゆげしまも、初めてこの批判に接したときには、「ちょっと大げさなんじゃないかな」というのが正直な気持ちでした。 

子供時代をドラえもんと一緒に育った大人は、強いノスタルジーを持っているでしょうから、批判に対してイラっとしてもおかしくないでしょう。
かけがえのない思い出をたくさん与えてくれたドラえもんという作品や藤子不二雄先生を冒とくされたような嫌な気分になるかもしれません。

 世代ドンピシャの男子なら、しずかちゃんの入浴シーンが異性を意識するきっかけだったりして、特に強い思い入れがあってもおかしくありません。 

そういった思いは自然で、非常によくわかります。 

お色気シーンが少ない キテレツ大百科

ただ、ドラえもんよりも後の作品、例えば、キテレツ大百科だと、いろいろな意味でドラえもんよりも現代的で洗練された部分が多いんですよね。

しずかちゃんの入浴シーンのような、目立ったお色気シーンはなくなりました。


ブタゴリラジャイアンとは違いそれほど横暴ではありませんし、トンガリスネ夫のような裏表のあるキャラではありません。

ドラえもんの設定のような強烈な昭和臭はだいぶ影を潜めています。

 昭和の洗礼を受けていたドラえもん

今と比べると昭和は民度の点ではカオスな時代でした。

セクハラも今ほど騒がれていませんし、スカートめくりも今よりも子供たちの間で流行っていました(平成以降はスカートめくりは激減しているそうです)。 

ドラえもんも、当然、連載されていた時代の影響を強く受けています。

なので、しずかちゃんの入浴シーンも時代の要請を受けたお約束のギャグという面が強いと思われます。

ドラえもんという偉大な作品にとって不可欠な要素ではないはずです。

 天才藤子不二雄先生は時代の流れに応じて柔軟かつ自在に作品のトーンを変えています。

藤子先生がご存命でしたら、お色気シーンへの批判も笑顔で受け入れ、時代に柔軟に対応させたのではないでしょうか。 

私の妻も、ドラえもん大好き人間ですから、しずかちゃんの入浴シーンにも、「出た!お約束だね(笑)」と笑って楽しんでいます。

しかし、ガンダムに出てくるセイラさんのお色気シーンには、「このシーン、必要なの?」と若干戸惑い気味の反応です(ゆげしまが一人で見ているガンダムのシーンが同じ部屋にいる妻の視界に入るようです)。 

妻は、ドラえもんには子どものころから慣れ親しんでいても、ガンダムはゆげしまと結婚するまでほとんど見ていなかったようです。

妻にとって、ドラえもんガンダムでは思い入れが全然違いますから、こうした反応の差が生まれるのでしょう。 

 今後のドラえもんの演出

これからドラえもんの視聴者となる未来の子どもたちにとって、お色気シーンは必須でも何でもないでしょうから、時代の変化とともに演出の方針も変わっていくことはありえます。

時代に合わせたアップデートがないために新規の視聴者からは「時代錯誤感を斜めから楽しむB級コンテンツ」みたいな扱いになったらそれはそれで悲しいですね。

我々が、自分たちのノスタルジーやこだわりを子どもたちに押し付ける必要はないのです。
今後作られるドラえもんのアニメも、まずは、子どもたちのためにあるのですから。 

ゆげしまも、大切な思い出や作品への思い入れは、自分自身のために大切にとっておくことにします。