生身の暴力が一番怖い・・・農民

19世紀の小説の復権

19世紀の小説にハマっていた時期がある。
ドストエフスキートルストイバルザックスタンダールトーマス・マン、等々。

以前はこの手の小説を読んでいると言うと、スノッブ扱いされかねなかった。
今風に言えば、「へえww意識高いんですねw」という感じ。
なので、人には言わず、こそこそと読んでいた。

ところが、こういった古い小説が読みやすい翻訳などのせいか、若い人にも再び読まれるようになった。

SNSを見ていると、

ドストエフスキーってこんなに面白かったのか!
今まで敬遠していたが人生損してた。 

その辺のTVドラマや映画よりもぜんぜん面白いじゃん。

みたいな声も多い。

ドストエフスキーがやっぱり人気

今は、特にドストエフスキーが人気のようだ。
まあ、わかる。


超弩級の正統派世界文学の作家でありながら、とにかく現代的。
サイコな人たちがたくさん登場し、かなりシュールな笑いもある。

夜神月のようなインテリ哲学青年が深い思索をしているとその横で酔っぱらった退役軍人が悪臭をまき散らしながら、しょうもない下ネタを連発していたりする。

今のアニメに出てきそうなツンデレ系、メンヘル系な女性キャラも出てくる。
彼女たちにはしっかり血が通っており、何かの拍子にパッと頬を赤らめたりして、リアクションもビビッドだ。


車いすの少女が、好意を寄せている年上の男性の前で背伸びをしようとしたのにスルーされてしまい、一人ぼっちになった後に鉄の重い扉を使って自分の指を自分でキュッとつぶすシーンなんかは、極めて少女小説的。 

アニメや漫画などのサブカルチャー系のクリエーターの多くが、ドストエフスキーの創作から大量の養分を得たことだろう。

バルザックもいい

ドストエフスキーは無条件でおすすめなんだけど、実は、バルザックも劣らずに好きだ。

ちなみに、ドストエフスキーバルザックのことが大好きだったようだ。

ただ、バルザックは、ドストエフスキーよりは読むのに忍耐を要する。

ドストエフスキーの文章には、急かされるような独特のリズムがあって、そこに乗ってしまえばどんどん先を読んでいくことができるんだけど、バルザックの文章には砂を噛むようにかき分けなければならない箇所があったりする。

例えば、街並みの描写の文章とか、ストーリーと関係が薄い作者のうんちくが延々続いたりするんだよね。

これがめちゃくちゃ退屈。

バルザック好きの知人などに言わせると、当時のフランスの風俗がわかって面白いというんだけど、私にはその面白さがよくわからない。
とにかく、バルザックは、小説が今のように洗練されたスタイルになる前の作家なんだ。

でも、我慢して読むと、あるいはつまらないところを飛ばして読むと、とても面白い。


バルザックの小説のキャラクターの個性は強烈で、すさまじいエネルギーを持っている。

ヴォートランという謎の男

バルザックの小説の登場人物で、一番人気があるのはヴォートランという人物だろう。

小さなトランプのカードに何発もの弾丸を叩きこむ凄腕と、他人を思うままに操る悪知恵を兼ね備えた悪党なんけどが、妙に愛嬌がある。

いったい何者なのかもよくわからず、なぞが多い。


それなのに、この最高に魅力的なヴォートランが登場する代表的な小説のタイトルが、「ゴリオ爺さん」。

なんだ、おじいさんが主人公の小説かよ。
つまんね。

という感じで手に取らない人も多いかもしれない。

俺もそうだった。

でも、本当に、面白いよ。
ゴリオ爺さん」は、バルザックの小説の中では一番有名。

生身の暴力が一番怖いことを教えてくれる

ただ、個人的に、一番インパクトが大きかったのは、「ゴリオ爺さん」ではなく「農民」という小説。
小作農たちが地主の土地や財産をどんどん違法にかすめ取っていくというだけの筋なんだが、かなり恐ろしい小説だった。


何が恐ろしいのか。

土地をかすめ取られる地主は、老いたとはいえ、元々は、ナポレオンに従軍し祖国フランスに貢献した超一級の軍人。

なにしろ、大量の砲弾が降り注ぐ地獄の中、片足を失っても戦線に踏みとどまって陣地を守り切った軍神なのだ。
そんな偉大な軍人が、引退した後、所有地の小作農たちにやりたい放題されて、何もできないのだ。

小作農のリーダーは、戦闘のプロでもなんでもない。


怠け者でいつもダラダラとして、農民仲間をいじめたり、妻を殴っているようなしょうもない男だ。
しかし、この男の単純かつ野蛮な暴力性、野性が、日常世界では、偉大な元軍人である地主を凌駕してしまう。
直接暴力をふるうみたいな描写もないし、この男が誰かを戦うシーンもないんだけど、むしろそれがリアルで怖い。

地主に感情移入して、不安になってしまうのだ。

小説なり創作物では、通常は、登場人物の「格」みたいなものがものをいうのだが、バルザックの世界では、単純暴力の方が強かったりする。

そういう話は今まで見たことがなかったので、ひたすら驚いた。

強いヴォートランもあっさり負けることがある

ヴォートランの話に戻るけど、強いはずの彼もあっさり負けたりする。
一度も銃を撃ったことがないような平凡な学生との決闘に気まぐれに応じ、運悪く胸を撃たれて生死の境をさまようのだ。

普通、強いキャラクターは負けない。

というか、作者のひいきで、守ってもらえるはずなんだけどね。

まあ、深刻なケガから回復した後に、自分が死にかけた話を心底楽むかのように人に話すのが、ヴォートランらしいところなのだが。