自宅マンション上階の住人との激しいトラブル

上階からのステレオ大音量

10年以上前の話である。
当時、私は実家に親と一緒に住んでいた。
8階建て分譲マンションの7階である。

近くに高い建物がないため、真夏でも風が吹き込みクーラーいらず。
実に快適であった。

ところが、上階から一日中、ステレオ(死語?)の音らしい騒音が聞こえるようになった。
深夜の2時、3時に、流行りのJ・POPらしき曲が鳴り響くのである。

文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、しばらく我慢した。

今までそんなことはなかったので、一時的な現象かもしれないと思い、踏みとどまったのである。
また、親が隣人とのトラブルを極度に嫌うので、上の階の人に注意するのを嫌がったのも理由であった。

お願いの手紙を出してみる

しかし、ひと月我慢しても騒音は一向に止む気配がない。

悩んだ挙句、下手に出て、「お願い」の手紙を書いて郵便受けに入れることにした。

唐突にお手紙をお出しして申し訳ございません。
私が神経質すぎるのかもしれませんが、夜中に音楽が漏れてくるようです。
何分、古い建物なので、天井が薄いせいかと思われます。
身勝手で申し訳ございませんが、音量を少し絞っていただけると大変ありがたく存じます。

といった内容である(実際にはもっとへりくだり、もう少し長く丁寧に書いた)。

郵便受けに入れるギリギリまで出すかどうか迷ったが、勇気を出して投函した。
これで騒音が収まればいいなと思い、すこし気持ちが落ち着いた。

だが、それで騒音は収まったのかというと、結論から言えば効果なし。

それどころか上の人を怒らせてしまったようで、むしろ、以前よりも明らかに大きな音量が深夜の2時から翌朝まで容赦なく鳴り響いた。

直接訪ねて行った

数日後、意を決して、直接会って話をつけるべく騒音源の上階の部屋に赴いた。
まず、ドアに耳をぴったりつけて確認すると、明瞭に音が耳に飛び込んでくる。

ブザーを鳴らしてみた。
無反応。

ドアをトントン叩いてみた。
無反応。

ドアを強めに叩いてみた。
その瞬間、ドアの外にいる私にもはっきり分かるぐらいにステレオの音量がアップした。

こっちも向きになってドアをさらに強くドンドンと叩いたが、出てこない。
その日はあきらめて自室に戻った。

翌日から、騒音はピタッとなくなった。
訪問したのが功を奏したのか、さすがにまずいと思ってくれたのかと思い、安堵した。

しかし、喜びは束の間であった。
半月ぐらいたってから、以前よりも大きな音で再び、深夜にステレオが鳴り響くようになったのである。

すぐにでも飛び起きて上階に怒鳴り込みたいところだったが、なんとか理性を働かせ、我慢した。

翌日、上階を訪れると、玄関のカギ穴が増えていた。
ドアには、「防犯カメラで撮影中」との注意書きが記載されていた。

私のことを警戒しているのは明らかであった。

今度は、ブザーを鳴らすことも、ドアをたたくこともなかった。
無駄だと悟ったからである。

どうしたらいいのか悩む

対策を考えることにした。
そもそもこれだけ騒音が激しいのだから、周囲の人たちも困っているに違いないと思った。
他の部屋に訪問して、聴き取りでもしようかと思ったが、トラブルが嫌いな母親がそういう話を周囲にすることを嫌がった。

ただ、母親の話だと、高齢の女性が一人暮らししているらしいという話であった。
なんで高齢の女性が、若い女性が聞きそうなJ・POPをガンガン鳴らしているのか、とても不思議だった。

とにかく、対策を考えなくては。

管理人に頼んで注意してもらうことも一瞬だけ考えたが、どう考えても無駄だと思い、やめた。

裁判か警察に頼るのか

騒音を規制する法律や条例を調べ始めた。
市役所で騒音測定器の貸し出しをしているらしいということも分かった。

深夜の騒音には刑事罰があるのか、あるとしたら警察にも相談に行かなくてはいけない。
夜中に警察が来てくれるのか、警察が来ても、女性が出てきて対応しない場合、警察は逮捕までしてくれるのか。

弁護士を入れずに、個人で民事の裁判も起こせるらしい。
裁判を起こしたとしても、相手はなんの応答もしないだろう。
そうなった場合、損害賠償の判決をもらうことができる。
支払いがなければ、上の部屋を差し押さえてお金に換えることができる。

だが、少し詳しい人ならお判りだろうが、現実には打てる手はほとんどない。

現実には警察官は騒音を出している人を逮捕してくれないし、民事裁判で判決をもらっても、
マンションの部屋を差し押さえたり競売にかけるなんて手間もお金もかかる。
まったく現実的ではない。

それでも、こうやってあれこれと対策を想像しているのは、自分を慰めるためである。
騒音にイライラする気持ちを紛らわすためである。

騒音はその後も続いた。

もっとも、上の人にもバイオリズムみたいなものがあるようで、一定周期で騒音がない時期、ガンガン鳴らす時期、聞こえないこともないがそこまでうるさくない時期が周期的に訪れた。

騒音どころじゃない大厄災

騒音騒ぎはまだかわいい方だった。

さらに大きな厄災が降りかかることまでは予想できなかった。

騒音騒ぎが起こり始めて、数か月後のことだった。

私はその日、非番で自宅にいた。

お昼ごろであった。

上階が火事になったのだ。
もしやと思ったが、火元は、やはり騒音で私を散々困らせた例の高齢女性の部屋だった。

後から伝え聞いたうわさ話によると、タバコか何かの火の不始末だったようだ。

火事と聞いて、私と母は、実印やら権利証、通帳類、大学の卒業証書等、最低限必要なものを慌てて運び出した。

表に出ると、他の部屋の住民たちも不安そうに火元を見ていた。

誰が私たちに火事の発生を知らせたのか、そのあたりの細かい記憶は、すっかり飛んでいる。

はっきり覚えているのは、そして、私の部屋の一つ上の部屋から黙々と煙が上がっている光景、自室に買いためていた数百万円分の蔵書が全滅するかもしれないという絶望的な気持ち、笑顔の野次馬たちが携帯電話のカメラでその様子を楽しそうに撮影していたことである。
子どもや女子高生もいたが、60歳ぐらいのおっさんまでもが燃えているところを指さしてはしゃいでいた。

消防車が来て、もうもうと煙を吐き出している上階の部屋に盛大に放水した。
火元の部屋が吐き出す煙の量も、豊水される光景も、非日常的で、CGのようであった。

他の住人の話では、鉄筋の建物なので延焼をすることはないが、放水量がすごいので、火元の下の部屋は7階だけではなく、6階、5階と、水浸しだろうということだった。

現実にその通りになった。

火事の後

 

火元になった部屋にいた上の高齢女性は、助け出されることなく自室で亡くなった。

可哀そうに、その部屋で飼われていた何匹かのワンコもダメだったらしい。

他に犠牲者は出なかった。

が、後が大変だった。

私が長年買いためていた本、パソコン、家電、全部水びだしになり、廃棄するしかなかった。

数日間は弟夫婦のところにお世話になった。
速やかに代替のアパートを借りて、最小限の持ち物だけで数か月過ごした。

部屋の内装をすべてやり直す必要があったので、元のマンションの部屋に戻ることができたのは数か月後である。
火災からしばらくは、何もかもなくして憂鬱な気持ちであった。

母親は当初、私以上にふさぎ込んでいたが、当時流行していた韓流の連続ドラマをレンタルビデオで借りて視聴しているうちに、徐々に気力が回復していった。

弟はそつがないタイプだったので、火事の翌日、保険会社にアポを取って、早々に部屋に来て状態を確認してもらった。
部屋内のいたるところに水たまりができており、天井からボタボタと水が滴りおちている状態であった。
そのため、火災保険は上限額まで認められた(とはいっても内装や改築費用にも足りなかったので、蔵書や電化製品等の損失はあきらめざるを得なかったし、アパートの家賃も自分たちで負担せざるを得なかった)。

私の部屋よりも下の階の部屋、6階や5階も、同じぐらい水びたしになっていた。
しかし、中には、保険屋を自室に呼ぶのが遅れた人もいて、火災鎮火直後には部屋にあふれていた水が、保険屋が来た頃には乾いてしまっていた。

そのため、被害がそこまでひどくないという理由で、保険金があまりもらえなかった人もいた。

気の毒という他はない。

日本には失火責任法という火災を起こした者に有利な法律があるため、延焼事故については、原則として泣き寝入りである。

自分で火災保険をかけておくしかないのだ。

放水による水浸し被害を受けた各部屋の所有物の多くは、決して清潔とは言えない水を大量にかぶって膨大なゴミになってしまった。

これらのゴミの撤去費用については、幸いにも行政からの援助があったので、別途支払わずに済んだ。

火元を見に行った

後日、火元になっている上階に行った。
金属製の玄関ドアには50センチ四方の穴があけられており、窓ガラスも割れていたので、通路から火元の部屋の中の様子を見ることができた。
驚いた。
ゴミ屋敷である。
燃えきれなかったゴミが、大量の水を吸って、1メートルぐらいの高さまで部屋中を占領している。
部屋の床は全く見えないし、まともに歩くのも困難だろう。
可燃物に囲まれて生活しているようなものだから、あっという間に火に包まれたと思う。
床もまともに歩けないから火災が起きてもとっさに逃げ切れないし、救助できなかったのもやむを得ない。

火災を起こした高齢女性も、亡くなるときには、ずいぶん苦しんだだろうと思うと思うと、さすがに、とても気の毒になった。